2021年05月03日

もはや希少な古酒


連休真っただ中、今日は気持ちい晴れの名古屋です
昨日の夜は寒かったー

コロナ感染者は全然減りませんが、街中の人出も全然減ってませんね
もうナントカ宣言には意味はないかも



昨日の消滅した記事のワインはすっぱり忘れてと思ったけど、再チャレンジ

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シャトー・ラルシ・デュカス1991

ボルドーの赤ワインです

おお、古典的なラベル。
今時はこういうラベル無いですね

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このワインがどこ産か、名前だけでラベル読まずにすぐに分かった方は結構ボルドー通ですね

デュカスって言うと、ポイヤックのグランピュイデュカスがありますけど、
今日のワインは対岸上流のサンテミリオン産です

現在、プルミエ・グランクリュ・クラッセBです
(それ以前の格付けではグランクリュ・クラッセでした)

しかし、この蔵を知ってる、ましてや飲んだ事ある方はかなり少ないかも
格付けシャトーで一番知名度が低いと言っても過言ではあるまい。
悪口ではありません。



それより先に、何度も書いてますけど、
サンテミリオンの格付けをちゃんと理解できていない方が非常に多いです

もう一回おさらいしましょう。

まず、サンテミリオンには2つのAOCがあります

(ただの)サンテミリオン、と
サンテミリオン・グランクリュです。

このサンテミリオン・グランクリュという名称は、グランクリュとついているが為に、あたかもブルゴーニュの特級のごとく価格も品質も高い物であるかのような錯覚を抱かせますが、それは間違いです

サンテミリオン・グランクリュとは、一定の収量を守り官能検査に合格すれば、ほとんど誰でも名乗る事が許される緩い認定なのです。
申告すればいいだけ。
実際、ブドウ畑はただのサンテミリオンの3倍くらいサンテミリオン・グランクリュになっています。

そして、このサンテミリオン・グランクリュの中から選抜されたシャトーが格付けシャトーとなり、
それは、
プルミエ・グランクリュ・クラッセ(AとBがあります)
グランクリュ・クラッセ
と2つのランクに分かれていて、
現在プルミエ・グランクリュ・クラッセは18シャトー、グランクリュ・クラッセは64シャトーが格付けされています。
(当然、格付けに入らないグランクリュは多数あります)

このプルミエじゃないグランクリュ・クラッセとAOCのグランクリュを混同してる方が非常に多いんです

分かります??
「クラッセ」とついてるかどうかで全然違うんですよ

しかも、この格付けがまた混乱の元です

サンテミリオンの格付けは、メドックの格付けがされてからちょうど100年後の1955年に初めてなされました
その時、不動のメドックとは異なり「10年に一度見直しをする」という決まりが出来たのですが、これが混乱の原因です。

とても公正な規定だと言いたいですが、
当時は誰もワインが巨万の富を生むとは思ってなかったんでしょね…

その後、1969年、1986年、1996年と見直しがありまして、ここまでは平和だった
その後は、もうワインを取り巻く環境が前とは違い過ぎる
2000年のミレニアムもあって、ワインは世界中で一躍食卓に欠かせない存在となり、価格は高騰し始め、人気のワインは品薄になり始めた頃。
その次の2006年の格付けでは、これがもろに影響します。

格付けから降格になったシャトーが審査の不正を提訴、しかも判決は06年の新しい格付けを無効としてしまいます。
暫定措置として前回の96年の格付けを復活させようとしたところ、今度は06年に新たに昇格したシャトーが提訴

まぁ、そりゃそーだ。
不合格の側の訴えが通って、合格者が「あんたやっぱり不合格ね」と言われて納得できるはずがない

と裁判合戦の結果、結局は96年も06年もどっちも格付けされてるシャトーは名乗って良し、となりました
折衷案、中庸の精神の発揮で一応一件落着。

その後、12年に再び格付けが行われ現在に至ります
(この時も揉め事ゼロではないけど、大事件にはならず)
もう10年に1回も見直しやってられませんよ

と、サンテミリオンの格付けはこういう内容です。


で、今日のラルシ・デュカスですが、シャトーはサンテミリオンの丘があるコート地区にあります
ここです ↓

ラルシ・デュカス.png
パヴィの隣

広域ではこんな感じ ↓

ラルシ・デュカス1.png

この丘には世界遺産に認定された教会と修道院があり、中世にはイベリア半島のサンチアゴ・デ・コンポステーラへ向かう巡礼がここへ立ち寄り、一晩の宿と食事を与えられ、出発の時にはワインを水筒(革袋)に詰める事が許されたそうです
(丘の南西にはオーゾンヌがあります、シュヴァルブランはグラーヴ地区と言ってポムロル側の平地にあります)

このラルシ・デュカスは16世紀から記録が残る古いシャトーですが、有名になったのは2002年にル・パンのオーナーであるティエンポン家に管理を委託したことで品質が向上したからだと言われてます
まだ最近の話ですね
所有者一族は変わっていません。

そして、コンサルタントはステファン・デュルノンクールさん。
この方、あっちもこっちも沢山のシャトーの面倒を見てて、本当に忙しそう。

作付け面積はメルロー77%、カベルネフラン23%

南に向かった斜面にある畑は大変日当たりが良く、見晴らしも最高です ↓

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HPより、以下同様

段々畑になってますね、何百年も続いてきたブドウ作りの歴史を感じます

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ラルシ・デュカスGrotte-calcaire-2.jpg
石灰岩の穴は昔の石を切り出した跡

ギャラリーの写真を見る限りでは、完全除梗の上に選果、熟成は新樽を含めて樽熟成みたいです。
あまり詳しく情報がない。

今日の91年はティエンポン家が関わる前の物ですが、
1991年は天候に恵まれず、収穫が少ないヴィンテージとなりましたので今となっては一層貴重です

91年が誕生年や記念の年方はお早目の確保をお勧めします


















posted by cave MITSUKURA at 17:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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