2022年08月09日

200歳おめでとう


蒸し暑いです〜外は息苦しいくらい…

終戦から77年、ニュースやTVで取り上げる時間も減っていますね
今の日本は戦争を再び仕掛けるだけの資源も人材もないでしょうが、周りの状況は全く楽観視できないにも拘らず外交術は相変わらず下手なままだし、心配しかない


カーヴミツクラはお盆も休まず毎日営業しております
毎日12時〜20時


今日は限定品のシャンパーニュを紹介します

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シャルル・エドシック ブリュット・レゼルヴNV 200thアニバーサリーBOX

高額銘柄が日本の市場から消えたシャンパーニュですが、輸入元の配分にも問題があると思います
愛好家より優先すべき飲み手があるはずがなかろう〇〇め
(文字なんでかなりトーンダウンして書いてますが、実際の心情は呪いと怒りが渦巻いてます)

ま、それは置いといて。
今日のシャンパーニュは、シャンパン・チャーリーことシャルル・カミーユ・エドシック生誕200年を記念した限定ボトルです

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エッチングの綺麗なボトル、箱も特別です

シャルル・エドシックの創始者であるシャルル・カミーユ・エドシック氏は、1822年生まれ。
蔵を起こしたのが1851年なので29歳の若さで当主となってるんですね
(シャンパーニュ事業を叔父から引き継いだ父の後を受けてます)

シャンパン・チャーリーは、アメリカでの彼の呼び名で、アメリカの輸出市場を最初に開拓したのがシャルル・エドシックです
イギリスやドイツ、ロシアは既に他のメゾンが進出していましたので、彼は競争がなく、これから成長するであろうアメリカに目を付けたのです。
賢い

彼はシャンパーニュと一緒にフランスの最新式のショットガンもアメリカで販売したのですが、これが大当たりしまして、シャンパーニュと合わせて銃の輸出でも大もうけしたんです

大陸の進んだ文化を紹介してくれるシャルル・カミーユ・エドシックは社交界で引っ張りだこの人気ぶりで、彼をモデルにした「シャンパン・チャーリー」という映画まで出来てしまったという白熱ぶりでした
この映画、見たいんですがどこにもないんですよね〜
主演はゲーリー・グラントだったと思う。

しかし、その栄華は長く続かず、彼は南北戦争中にニューオーリンズでスパイ容疑で拘束されてしまい、投獄されます
その間に資金源にする予定の綿花を積んだ船が沈没、代理人に資金を持ち逃げされ、さらに彼自身も牢獄で病になり、ついに破産してしまいます

でも解放後、出資を申し出た篤志家(支払いを拒否した代理人の家族)によって数ヶ月で復活を遂げた、という、正に映画の様な生き様です

現在のメゾン、シャルル・エドシックにはランスでも最も古い地下セラーの一つがあります
クレイエールと呼ばれる石切り場の跡で石灰岩の白い壁が印象的です ↓

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HPより

でも、住所がパイパーと同じだなぁ…
元は一緒の蔵だからなのかな【謎】
(エドシックはドイツ人のルートヴィヒ・エドシックが1785年に婚姻によって設立したメゾンです、その後ドイツ系の甥3人が継承しますが、
パイパー、シャルル、モノポールの3つのエドシックに分かれて現在に至ります)

そんなシャンパン・チャーリーをオマージュしたボトルが今日のシャンパーニュです
元はNVのブリュット・レゼルヴですが、特別パッケージの限定品

諭吉一人でおつりが来ますので、ギフトにも選びやすい
今、本当に1万円くらいの、ちょっと良いシャンパーニュがないのですが、これなら大丈夫

グラスセットも再販してほしいなぁ〜













posted by cave MITSUKURA at 16:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする