2024年08月12日

グランクリュ制覇してますか


今日はワインの話です
シャンパーニュ。

すごく美味しい、珍しい特級シャンパーニュです
個人的に大好き。


PUISIEULXsite.png

フランソワ・スゴンデ ピュイジュー・グランクリュ レ・プティ・ヴィーニュNV

随分前にも紹介しました。
その時から特に変化してはいない(はず)ですが。

前のブログは7年も前でした ↓
https://cave-mitsukura.seesaa.net/article/455037506.html

このシャンパーニュ、飲んだことある方ってどのくらいいらっしゃるでしょうか??
生産者は有名だと思いますので、ご存知の方が多いかも

フランソワ・スゴンデは、グランクリュ・シルリーのレコルタンです

シルリーはランスの南から始まるグランクリュ街道で、マイイの東にあるグランクリュの村です。
モンターニュ・ド・ランスで北に位置するこのグランクリュはとても小さな集落で、車で通過するとあっという間です

しかし、歴史的にはとても古い起源を持っています



シルリーの話の前に、ちょっと、シャンパーニュの誕生の歴史を簡単におさらい。

皆様、ご存知のようにシャンパーニュ地方がスパークリングワインの一大産地になったのは、ほんの300年ほど前の事です。
それまでは他の産地と同じく、普通のワイン(スティルワイン)を作っていました。

紀元前のローマ時代に始まったブドウ栽培は1世紀にはランス周辺にまで広がり、その後のフランク王国時代にランスの大聖堂戴冠式の場となったことで一層都市として発展していきます

初代フランク王国の王様クローヴィスの戴冠、これが496年、5世紀です。
(日本だと古墳時代、「倭の五王」の最後、「武」の時代くらいです)
その後もキリスト教の広まりと共にワイン作りは盛んになっていきます。

中世の宮廷では、南のブルゴーニュとライバル関係にあり、どちらか王(または王妃)に気に入られるか、を競って熾烈な争いがあったようです
この辺の逸話は結構面白くて、「如何に相手を蹴落とすか」でお互い頑張ってます。

この時代のシャンパーニュでは、いいワインを作る村としてアイの名前が残っています
現在でも優れたピノノワールを生み出すグランクリュとして君臨してますね。
この地にはゴッセが古くからあります。

そんな普通のワイン産地のシャンパーニュに一大変化をもたらしたのが、ワインが発泡するという現象です

発泡性のワイン=シャンパーニュは修道士のドンペリニヨンが発明した、ように言われてることがありますが、これは正しくありません

dom_perignon1.jpg
シャンパーニュ委員会より

ドンペリニョンは、区画ごとにできるワインの差がある事に気が付いて、栽培や醸造に改良を施したのは間違いなさそうです。
またワインをブレンドすることで均質でバランスの取れた良質のワインにする事も行っていました。
ですが、この時代の修道院には発泡性のワインの在庫は記録にないようです。

そう言えば、この質素で無私無欲の(はずの)修道僧ドンペリニヨンと、当時世界で最も贅沢な生活をしていた太陽王ルイ14世は、生年も没年も同じです
1638年生ー1715年没
今なら同級生〜、ルイ君&ピエール君
この対照的な有名人二人が同時期にフランス(パリとシャンパーニュ)にいた、って非常に興味深い偶然?です。
ある意味驚き。

話が逸れましたが、シャンパーニュが発泡するのは、発酵が瓶内で完了するからです

秋に収穫したブドウでワインを作りますが、発酵が完全に終わる前に気温が下がると酵母が働かなくなり、ワインがさも出来上がったように見えます。
シュワシュワが収まるので、そう思うのも無理はない。
そこで、それを瓶詰するのですが、春になって気温が上がってくると瓶内にワインと共に残っていた酵母が再び活動を始め、発酵が続きます。
瓶内の糖分を使って発酵が再開するのです。
その時に発生した二酸化炭素が瓶内に残って、開けたらシュワシュワする、という訳です。

発酵の仕組みが分かってなかった当時は、最初、発泡するワインは「失敗作」だと思われていましたが、次第にそれが魅力となって唯一無二のワインになっていきました

こうしてシャンパーニュが誕生した、という訳です
(今では完全瓶内二次発酵なので、季節で発酵が中断したり再開したりはしません)

ちょうどこの時期(18世紀前半)がドンペリニヨン修道士のいた時代に重なるので、発明者と言われたのでしょう。
昔は細かいことは気にしないコマーシャルやマーケティングが多くて、結構「公式」にも適当な事が言われていたりして…

おしまい。


と、こんな発泡ワインの誕生過程ですが、そもそもワイン産地として人気だったシャンパーニュでは、アイと並んでシルリーの名前も登場しているんです

これには政治的な理由もあって。
アンリ4世(ブルボン朝の初代でルイ14世の祖父)の側近だったニコラ・ビュイラールは、このシルリーを居城にしていて、領地の赤ワインを王と近しい人で楽しんでいたそうです。
ビュイラール一族は宮廷では有名な権力者で、シルリーの赤は優れたワインとして人気があり、名声を確立できたのです。

その後ビュイラールの一族は絶えてしまいますが、代わって登場するのが18世紀のシルリー伯爵なる人です。
この方が発泡ワインを発売するとすぐさま大当たり、シルリー・ムスーとしてシルリーの名前は一躍有名になります
この方の事ですが、あんまり詳しく分かりません…

まぁ、そういう経緯でシルリーはとても有名になったという訳です。

現在、
シルリーには5軒のレコルタンがあると記録されていますが、

フランソワ・スゴンデ
デュバル・シャルパンティエ
コラン・ギョーム(1級Ludeの組合)

あと2軒が分からない…

5軒しかない、そのくらい小さいのです
(因みに全体で94haある畑の大部分は大手リュイナールとモエが持ってます)

とても小さなグランクリュですが、フランソワ・スゴンデはそのシルリーを代表する生産者です

フランソワ・スゴンデFB.jpg
HPより

畑は全部で5.5ha、シルリー以外に、マイイ、ヴェルズネイ、ピュイジューのグランクリュも所有しています。
初代フランソワ氏は14歳で学校をやめて働きだした方で、畑を購入して1972年に独立、自分のドメーヌを立ち上げました。
この時23歳という若さ、すごい

フランソワ・スゴンデportrat-FS.png
HPより

↑ 彼は2018年に急逝しています、とても残念
蔵は息子さんが続けていますので、それは良かったですが。
SCONDEですが、スゴンデと「ご」が濁るのか正しいそうです。


さて、ようやく今日のシャンパーニュ。
このシャンパーニュ、特級ピュイジューの名が書かれている数少ないボトルです
かつては唯一だったんですが、今は別の生産者もいるようです。

ピュイジューはグランクリュニなった経緯がちょっと不透明?で、当時の村長に政治力があったからじゃないか、という生産者もいます
高速道路を挟んでシルリーの南西にある村で、こちらも大変こじんまりした集落です。

シルリー.png

グランクリュにも関わらず、他の生産者のシャンパーニュがないのは、大半をリュイナールが所有しているからです。
単体での生産がありません。
リュイナールはここのおかげで「グランクリュをたくさんブレンドしてます」と言えるのです

ブドウはもちろんピュイジュー産100%(でないと名前書けません)
シャルドネピノノワールが半分づつ。
ソレラシステムで保存してるリザーヴワインをブレンド、最古で2009年
瓶熟は24か月、ドサージュは6g

ブドウの供給量が少ないこともあり、生産は年間でわずかに500〜600本しかありません

北の産地らしい、繊細な構造です。
香りは豊かで、後味も長い、十分満足なバランスの良い味わいです

このシャンパーニュ、ミュズレが非常に変わっています
羽がついてる、というか。

今シャンパーニュは何でも高いですね、このボトルも例外ではありませんが飲む価値があります
シャンパーニュ通なら一度は飲むべき。



…と、ここまで書いていたら最後の1本が売れました 15:00
只今在庫なしですみません。
お買い上げはありがたい事ですので、また仕入れておきます(値上がりしてるかも)































posted by cave MITSUKURA at 14:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする